vol.26

自分史

森本由美子さん「ご縁に恵まれ広がった人生の舞台」

生まれてすぐ海をわたり、物心ついた頃に北海道へ。広い空の下に育ち、力強い翼を得た森本さんに、東京・ニューヨークへ自在にわたった人生をうかがいました。

ニューヨーク生活が長かったのですね。

森本さんニューヨークでも仕事をしてみないか」と声を掛けられ、40代のときに渡米。いろいろな仕事に携わり、帰国したのはつい3年前です。

どのようなお仕事を?

森本さんニューヨークでのスタートは、友人に紹介されたスタジオでの舞台衣裳製作の仕事でした。

専門学校で学ばれて?

森本さん東京の服飾学校で師範資格を取得後、運よくある劇団の衣裳部に職を得て、舞台衣裳製作やコーディネートの仕事を6年間いたしました。演劇に興味を持っていたので、本当にラッキーでした。
退団後はフリーランスとなり、友人とスタジオを興し、コスチュームや染色に関するデザイン、イベント企画など幅広く仕事を楽しみました。
編集・レイアウトを夜間の専門学校で学び、印刷会社で実務に就いたこともあります。そして、1986年に渡米となります。

本当に多才ですね!

森本さんよいご縁に恵まれたおかげで、さまざまな経験の機会を得ました。いろいろな方と巡り合う中、友人から紹介されたのが、5年前に死別した主人です。トランペットの製作、そして独自に編み出した奏法の教授もしていた彼は私の9つ上。職人気質と仕事への考え方は、同じくモノづくりを生業とする私と近しく、好感を持ちました。結婚をしたのは、私が50代半ばのときでした。

結婚後、生活にどのような変化が?

森本さん午前中は彼の工房でマネージャー、午後はマンハッタンの衣裳製作スタジオへ移動。いま考えるとよくやれたなあと思います。

ご夫婦で見事な二人三脚ですね。

森本さんお互いに支え合いました。彼のトランペットを取り扱うディーラーが大阪にあり、展示販売や奏法教授の場へ同行もしました。ウェブサイトを作ったり、特殊な独自奏法を伝えるDVD製作を手伝ったり、本も出版しましたね。私の過去の仕事の経験がフル活用されたと思います。

日本での生活は慣れましたか?

森本さん身内の近くでの暮らしが安心と、いくつか内見した中からバックグラウンドが確かなこちらを選びました。1階のレストランでは楽しい集まりが頻繁で、ミニ図書館もあります。
朝の体操に参加している近くの公園では、長年嗜んでいる俳句や趣味の仲間もできました。遠く離れた俳句仲間とはオンラインで評をし合えるし、便利な世の中を堪能しています。

ニューヨーク時代の衣裳デザインのスケッチには、想定する生地も添付。イメージとなる英語のキーワードがたくさん書き込まれています。
森本さんがデザインされたテキスタイルの例。
運命の相手“Jerry”のため、各方面で奮闘しました。