vol.8

健康コラム

“生きる力”は、「食べる力」、“食べる力”は「咀嚼力」・「嚥下力」。

食べる力とは

私たちの口・歯の機能は、「食べる」など、生きることに深く関わっています。機能を発揮するためには、頸部・口腔・咽頭部の骨格・諸筋肉の複雑な連動と調和が必要です。
「食べる」流れは、まず食物を目で視て、口に入れ、食物を歯で砕きます。

よく噛むことで、学術的にいう五感(視・味・嗅・触・聴)(以下、紙面上の表現として「五感」という表記をしております。)を刺激し、食物の硬さ、性状、味などを認識しています。同時に唾液を分泌させ、砕いた食片を唾液で食塊にまとめ、舌で喉の奥へ送り、唾液と共に飲み下します。唇をしっかり閉じることで、気管にふた(咽頭蓋)がかぶさり、食塊が食道へ流れ、「食べる」一連の動作が終わります。(飲み下すときに唇をしっかり閉じることが、誤嚥の予防になります。)

「食べる」ことで栄養を摂取しますが、一連の動作の中で加齢と共に衰えやすいものがあります。食物をよく噛んで味わう「咀嚼」、食塊を飲み下す「嚥下」、さらに「唾液の分泌」です。これらが衰えると、食べる能力が著しく低下します。

よく噛むこと(咀嚼)

近年、レトルト食品やファストフードが好まれ、食事時にペットボトル飲料で流し込むような食べ方も見られます。食事にかける時間、唾液を分泌するよく噛む習慣も減少傾向にあるようです。食物をよく噛み、おいしく食べることは、全身の健康の維持・促進につながります。

具体的には、
①唾液・胃液の分泌を促し、消化吸収を助ける。
②脳の血液量を増加させ老化を予防。
③五感を刺激し食欲増進、心理的満足感が得られる。
④満腹中枢を刺激し、過食と肥満を予防するなどが挙げられます。

また、唾液は長生きの基ともいわれ、その働きは、
①食物の味を感じる。
②口腔内の汚れを洗い流す。
③口腔内の細菌の繁殖を抑え、むし歯や歯周病を予防。
④唾液成分の免疫物質を分泌し病気を予防するなど。
よく味わい噛みしめると唾液がよく分泌されます。

図1のように「噛まない」と「噛めなくなる」口腔機能低下の負のスパイラルに陥ります。

図1:口腔機能低下の悪循環スパイラル(出典/平野浩彦他:介護予防を目的とした口腔機能向上プログラムマニュアル、東京都老人総合研究所・介護予防緊急対策室)

よく噛む力を引き出す

現在、日本歯科医師会は、一口30回噛むことを推奨しています。よく噛むためには、図2に示すように噛みごたえのある食材を選び、調理法も切り方をやや大きめにし、加熱し過ぎないように、調理時の水分量もコントロールします。

図2:噛む回数を増やす調理法の工夫

食べ方のポイントは、「噛んで味わって食べる」という意識を持つこと。一口量を多く詰め込まず、食事に時間をかけるようにします。孤食せず家族や友人と一緒に楽しく会話しながら食べることも大切です。よく噛むことは、料理の食物の味や香りなど五感を刺激する食べ方(図3)で、脳を活性化させます。そのためには健康な歯と口が必要です。健康コラム第1回で紹介しました口腔ケアを参考に、正しい歯みがきなど口腔清掃習慣を身に付けましょう。

図3:五感を刺激する食べ方で脳を活性化

全身と口腔のフレイル

前回詳しく掲載したように、フレイルは「虚弱」を表す英語に由来し、高齢化により身体機能(特に筋肉量や筋活動)が低下し、日常生活活動が不活発となり要介護手前の状態にあることを意味します。対応によっては予防や改善が可能な状態です。

全身のフレイルが新聞などで取り上げられるに従い、最近は口の衰え=オーラルフレイルも注目されています。口腔機能の豊かさは、多種多彩な筋群や神経の働きにあります。従って全身のフレイルの前兆として、オーラルフレイルが現われやすいことが指摘されています。口腔機能低下の悪循環(図1)を放置すれば、滑舌が悪くなり、食べこぼしやむせが起こるようになり、無意識のうちに食欲低下や食事バランスの悪化を引き起こし、全身の筋肉の減少を経て、やがて生活機能障害に至り、要介護状態に陥りやすくなるというものです。

オーラルフレイルを予防し機能を回復するには、全身のフレイルと同じで、健康コラム第1・2回で訴えてきた健康寿命延伸の3つの柱、「栄養」「運動」「社会参加」が一体で働く必要があります。

機能回復のための運動

オーラルフレイルに気付いたら、まず専門的な歯科医院を受診し、処置および口腔ケア等を受けます。日々の食事では「噛むこと、飲み込むこと」に意識を向けます。さらに、舌、唇など咀嚼に必要な筋肉、唾液などを活性する運動で刺激を加えます。代表的な口腔運動「パタカラ体操」(図4)は、舌・唇・嚥下筋を鍛えます。

図4:発音による口腔運動「パタカラ体操」

しっかり口を動かして、リズム良く発声することが秘訣。最初はゆっくり一息で強くパを5回、「パッパッパッパッパッ(1呼吸)」を3回、次に速く一息でパの発声を5回、「パパパパパ(5呼吸)」を3回行います。「タ」「カ」「ラ」も同様に行い、続けて「パタカラパタカラ…」とはっきり発声、最後に早口で行います。

図5:口の周りの筋肉トレーニング

図5に示したのは唇、頬筋のトレーニングです。食物を口の中へ取り込み、よく噛むためには、口の周りの表情筋が大きな役割を担います。口の周囲の筋肉を鍛えることで、表情も豊かになり、若々しさも保てます。唾液量の減少が病気を誘引することもあります。唾液の分泌を促すマッサージ(図6)は、特に食前がお勧めです。

図6:唾液の分泌を促すマッサージ

「80歳で20本以上自分の歯を保とう」という8020(ハチマルニーマル)運動の達成率は年々伸びています。口腔ケアの実践と「食べる力」の維持向上を図れば、口腔および全身の健康を守ることが可能です。さらに、人との交流の機会を前向きにつくり、心身共に健康な長寿社会をめざしましょう。