vol.4

あの街探訪

大船:続く活気と進みゆく文化

砂押川プロムナード:1999年に「かまくら景観百選」に選定された美しい歩行者空間。砂押川に桜のトンネルができる季節には、「砂押川沿い・さくら祭り」が岩瀬こい公園で開催されます。
大船マップ

JRで東京・横浜方面から訪れると、湘南の風と光を最初に感じられる場所、それが「大船」と地元の人は言います。「大船」駅(現JR)の開業は1888年。駅東側は商業地として開発され、今も活気あふれる商店街が広がり、その元気な下町パワーは地域からも観光客からも愛されています。

下町価格の衣料品や服飾品店、調理の仕方から教えてくれる食料品店、お手軽なお惣菜屋さんなど、多種多彩な店が集まる活気に満ちた商店街です。

創業70年以上の老舗も多く残るこの大船の商店街には、そう広くはない通りの両側に野菜や果物、鮮魚、精肉、花卉などを扱う店がところ狭しとひしめいています。どこも驚くほどの特価をつけた商品が並ぶのは、仕入れの技が磨かれているから。仕入れから販売まで一貫している商店街では、一つのやり取りにも心を通わせ合え、大型商業施設での買い物とはまた違う体験ができます。

商店街には、当然ながら飲食店も多く集まります。松竹撮影所が蒲田から移ってきた1936年から2000年の閉所までの間、各店では得意の腕を競い合い、撮影スタッフはもちろん、多くの有名な俳優たちを迎え入れました。今では、往年を知る店主や常連客の話を聞いて当時の雰囲気を感じ、スタッフや俳優たちのために出された逸品を楽しみたいという映画ファンの巡礼地となっています。

1927年築。複雑に重なり合うフランス瓦葺きの屋根、山小屋風の玄関ポーチが特徴的です。

賑わいを見せる商店街が顔の大船には、かつて田園都市構想が計画された歴史があります。「大船」駅東口から鎌倉女子大学裏手の丘陵地にかけてのエリア、約10万坪に理想の住宅地「新鎌倉」をつくる構想です。気候は温暖、立地的にも別荘地の逗子や葉山、海軍基地のある横須賀に近く、東京へは電車で一本と好条件。実際に住宅の外観や高さ、建築面積などを規定した開発が進められましたが、1923年に発生した関東大震災と続く金融恐慌により構想は頓挫。「新鎌倉」がどのような街となっていたのか、唯一現存する洋風建築の小池邸の姿から想像するほかありません。鎌倉市景観重要建築物で一般公開していませんが、外観は一見の価値があります。

鎌倉女子大学の図書館内「視聴覚ホール」では、松竹大船撮影所にまつわる資料が展示されています。

田園都市構想は夢と消えても、美しい風景を残しながら文化的な生活を標榜した都市計画の理念は、しっかりと今に伝えられています。映画の創造という文化活動をし、名作をこの世に送り出し続けた松竹大船撮影所の敷地の一部を貸借して、1993年に公開空地を広く取った鎌倉芸術館が竣工。撮影所が閉じてから3年後には、鎌倉女子大学・短期大学部の大船キャンパスが跡地に開設。どちらも文化的な街づくりの実現をめざして計画されました。鎌倉芸術館の周辺地区では、砂押川に掛かる桜並木の歩行者道路(砂押川プロムナード)が整備され、風景の美化と共に暮らしやすい環境がつくられています。

駅前には変わらぬ下町の活気、撮影所跡地には文化的発展。姿を留める場所、進化を続ける場所、その表情は違えど、どちらも松竹が刻んだ軌跡であり、大船の魅力であり続けます。